50にしてヨガ💓
ヨガは若い頃から気になっていたものの
ヨガは身体をクネクネとアクロバテックな姿勢を
取れるようになるための柔軟性を
高めるためのエクササイズ。。。
まあ身体の硬い私がやっても苦痛なだけ
なんだろうと、思っていたので
ヨガスタジオに今ままで怖くて
近づくことさえなかった・・・(笑)
でも、友人とお試しでホットヨガに行ったのを
きっかけに(え?友人がいたの?なんて言わないでね~)
そのリラックス効果の高さとヨガの本質が
本当は心の科学であることを知って
もっとヨガについて知りたくなったのね♪
それで、先日からメディカルヨガのクラスに通うことに
しかも無謀にもインストラクタークラス(笑)
私の場合まだまだ50にして天命を知る!
なんていう領域にお世辞にも達しているとは
言えないんだけど・・・でもね、
インストラクターの先生が紹介してくれた
インテグラル・ヨーガ(パタンジャリのヨーガ・スートラ)の
経典を読んでここ何年間か瞑想や断食を通じて
取り組んでいた「私は何者か?」という先の見えない
探求に光が差し込んだ!!
まだまだクラスは始まったばかりだけど
世俗にまみれた者が、その日常生活の中でこその学びを
明快に説いたこの本を手にできたことだけで、
個人的にはもう十分満足💓
探求者の準備が出来たときに師が
現れるとどの世界でもよく言われるけど
この本との出会いはまさにそんな感じ
しかも書籍の形で現れた師は
密を避けなければいけないコロナ時代の
風潮にもマッチしている(笑)
ということでね、これから暫くの間は
備忘録としてマイブームが続く限り
このヨーガ・スートラで学んだことを
噛み砕きながらシェアさせてね(^^)
「ヨーガ・スートラ」からの学び1
このヨーガの経典を手にする前は
年末の赤鬼DV事件のあと、半年以上過ぎても
なお、心がダークサイドに落ち、
人間不信にあえぎ、心の中で
毎日赤鬼人形に呪いをかけていた
例えば相方のコーヒー代は払いたくないのに
新車を買う赤鬼様。。。
いっそのこと仲良く新車と心中しちゃったら?
私は止めませんからね。。。と、まあこんな調子。
う~ん、でもこれってすごく、不健康だし
そんな自分にがっかりしてた(汗)
だからキリストのように
隣人を愛せないか?ともがいてみるも
やっぱりそれは無理だった。。。
それに、偽善者のように振る舞えば
振る舞うほど、赤鬼人形の行き着く結末が
過激になってきたからね(笑)これには
流石にマジ、やばいと思ったわ。
で、そんな矢先にこのヨーガ・スートラに出会ったの。
そこにはこんな事が書いてあった。
「誰かが我々を苦しめてもそれは
我々を憎んでいるからではない。
我々自身の浄化を助けて
くれているのだと考えよ。
そのように考える事が出来れば、
我々は真のヨーギーである。
誰かに感情を傷つけられたら
その人に微笑み返すべきだ。
(中略)
適応し、調整し、受け入れよ。
侮辱に耐えよ。中傷に耐えよ。
それが最も高いサーダナ(修行)である。
どこかに引っ込んでマントラを唱えるのは
簡単なサーダナだ。それだったら誰にでもできる。
しかし、侮辱されても静穏な心を保つならば、
それは数珠を何千回操って
マントラを唱えることよりも優れている。
それがタパーシャである。
身体と感覚を制覇する力は、
タパーシャによってもたらされる。
どんなことでも受け入れることが
出来たら、われわれを左右することの
出来るものがあるだろうか?
(中略)
タパーシャ(タパス)の直接的な意味は
焼くことで、断食という肉体のタパスによって
余分な脂肪とともに、身体に蓄積された毒を焼く。
また、タパーシャは苦痛を受け入れることでもあり、
生活の中に苦しみがあるのなら
彼は幸いだという。なぜなら、彼はその
苦痛によって不純を浄化出来るから。
心を清浄で堅固にするために、われわれは
苦しみ、痛み、貧困を受け入れなければならない。
そして苦しみを受け入れると同時に他者に
幸いをもたらすのならばその利はいっそう大きい。
何の苦痛もなかったら、得るものも何もない。
われわれはそこから逃げるべきではない。」
よーし、分かった分かった
分かったよ!!!
もう、あなたがやりたいようにやってご覧。。。
そうすることが私の心の浄化に
繋がるのだったらあなたが新車に乗ることを
祝福します💓私も別にコーヒー代に
困っているってこともないからね(笑)
でもね、今度赤鬼になって暴れる現場には
私や子どもたちは居ないってことは
覚えていて欲しいかなぁ♪
ヨーガ・スートラまだまだ覚書で
メモしておきたいこと沢山あるので
またの機会にご紹介させて下さいな!(^^)